勉強のできる子に育てる@

 

人に可愛がられる子に。

 教師に「教え上手」があるように、生徒にも「教えられ上手」があります。

授業中の視線や、物腰に、教師に対する「信頼や安心」というものを感じる生徒です。

これは、その表現がしやすい子と、そうでない子とありますが、おおむね「親の姿勢」が反映します。

親と教師に信頼関係があれば、その子どもは約9割がこの関係に従います。

ところが、親が教師に不満を持っていたり、無関心であると、たいてい子どもも冷めています。

まして、家庭で悪口でも言おうものなら、てきめんに子どもは変身します。

 好むと好まざるとに関わらず、その先生に物事を教わると決まった以上、

腹を決めて任せる度量が親には必要です。

よほど悪人でなければ、シッポを振ってくる犬を嫌う人はいません。

しかし、わざとらしくシッポを振らせると、逆に可愛がられない場合もありますから、要注意です。

 

褒めて育てるのは他人から、親が褒めては甘えるだけ。

 こうして、可愛がられると、次に何かができたとき、褒められる可能性が大きくなります。

褒められると嬉しくなり、どんどん好きになるという良い循環になっていきます。

ああしろ、こうしろと言われないまでも、自発的にやってしまう子に育ちます。

 この「褒めて育てる」を勘違いして、親が我が子を一生懸命褒めている光景を目にすることがありますが、

あれはただ子どもに媚びているだけで、育てているようには見えない場合が多いものです。

たいていは子どもを甘やかせることになり、他人から言われるとシュンとなる、打たれ弱い子になります。

 

 
 

勉強のできる子に育てるA

 

熱中する子にする。    

皆さんは、何かに夢中になっていて、つい時間を忘れてしまった・・・という経験はありませんか?

私も初めてF1を見た日に、半日たばこを吸うのを忘れていました。

よほど熱中していたのでしょう。「吸わなくてもいられる」と自覚したその日から、15年経ちました。

いまだに禁煙しています。(仕事に熱中しているということにしておきます)

       

食事を抜いてもイイ

 人はこのように、好きなものに熱中すると、時間が経つのも忘れてしまう状態になります。

この状態は、勉強に集中しているときと同じ感覚だと言えます。

 こういうときは、いつもの1.5倍のスピードや能率で勉強や仕事が捗ることになります。

そうすることによって、時間が短縮できて、余分な時間(遊び)が生まれることになります。

集中力を養うにはまず「好きなことをやる」ことから始めることです。    

 

熱中していたらそのままに。

「ごはんですよ」と声をかけたのに、子どもがちっとも出てこない。

ふと見ると何かに熱中している・・・こういうときは「集中する」訓練をしているのだとお考えいただき、

さらに「せっかくのラーメンが冷めてしまうのになぁ」と言ってみてください。

バタバタと食卓に駆け込んでくるようだと、その程度の集中力ですし、

それでもこないなら、よほど意志の固い子だということになります。

この手の「誘惑」に弱い人は大人になっても、ついつい努力を後回しにする人になります。

ほんの一例ですが、子どもが集中しない環境を作っておきながら、勉強だけは集中しろと言うのは、

いささか虫が良すぎるかもしれません。

 

 
 

勉強のできる子に育てるB

 

はじめての瞬間。    

以前にTVの幼児向け番組で、「パジャマで○○」という、子どもがひとりでパジャマを着るのを

カメラがとらえている放送がありました。(今はもうない?)

 ボタンがずれていたり、なかなか着られなくて半泣きになる子もあったりして、

親でなくとも見る側の視聴者が、思わず手を出したくなるような場面です。

 同じようなコンセプトで、もう少し大きくなって、「はじめてのお買い物」をする番組にも

同じハラハラ・イライラとじれったい感覚を抱かせたものです。

 

パジャマはいいのに勉強はなぜ?

我が家でも、さっそくTVと同じ場面で、子どもをホームビデオに撮ったモノでした。

同じご経験のある方も多いと思います。和やかな一家団欒のなせるわざです。

 仮に失敗したとしても、時期がくればできるようになることですし、笑って済まされます。

しかし、このパジャマがひとたび勉強におき替わると、とたんにその余裕が吹っ飛んでしまいます。

「何でできないの?」「人より遅れるのでは?」という不安が頭をもたげてきます。

 

やり遂げるまで見守る。

そこで「かしてごらんなさい!」と親が手を出したら、結果はどうでしょうか。

子どもにとって、パジャマは親が着せてくれるものですし、勉強も親がさせてくれるものになります。

そういう子が自分から進んで勉強などするはずがありません。

パジャマは着るかも知れませんが、面倒な勉強はしないはずです。

 放ったらかしではなく、カメラの反対側で見守る。

こういう感覚で、子どもと向き合うと、子どもたちは活き活きして、できたらガッツポーズもします。

無関心であるのとは違います。 しっかり見てあげるけれども、手は出さない−という意識をもって、

子供を見守り、完成の喜びをともに味わうという姿勢が、被写体である人物を育てます。

 

 
 

勉強のできる子に育てるC

 

失敗したときがチャンス!

親の顔が浮かぶ

テストで悪い点数を返されると、とたんに表情がくもる子があります。

「多分、家で叱られるんだろうな」と拝察し、真面目にやっているお子様は少々気の毒にも思います。

逆に、あっけらかんとしているお子様には「少しは家で叱られたらどうか」などと感じることもあります。

私自身も、子供の頃、点数の悪いテストを、厳しい親の待つ家に持って帰れなくて、学校のゴミ箱に捨てました。

それを担任に見つかって「お前な、100点なら(復習するところがないから)捨ててもいいが、

70点なら(まだ勉強するところがあるから)捨てたらアカン」と言われました。

100点を捨てるなんて(親に褒めてもらえるのに)もったいないと感じたモノでしたが、振り返るとナイス・アドバイスでした。

色々な場合によりますが、皆さんは、いかがでしょうか? 

小さいウチは口よりも手で、少し大きくなると手よりも目で、大人になったら口(言葉)で躾けるというような、

年齢による対応も必要になります。

お子様の表情で、ご家庭の方針がよく見える方もあります。

「叱る・褒める」よりも

「見ている」という行為が必要。

子供の失敗を学習に持っていくためには、親の方が相当な準備なり覚悟というモノを持っていなければなりません。

叱るべきか、甘くすべきか・・・という方法論よりも、むしろ常に見ているという姿勢が大切です。

今は子供ですが、いずれは自分で考え、一人で行動しなければならない大人になる人ですから、どうすることがベストか、

親は自分の秘伝を惜しげもなく子供に伝授すべきだと思います。

その絶好のチャンスが「失敗したとき」です。

子ども達が人の意見を神妙に聞きやすい状況にあるからです。

方法について、自分に合わないことを無理することは、あまり感心しません。

自分の得意なスタンスでいいのです。人の真似をする必要はありません。

 

 
 

勉強のできる子に育てるD

 

反復練習をイヤがらせない!

2度3度やる効果

「先生、またやんのー?」何度もやってイヤ・・・という意味でしょうが、近頃の子(?)は同じことを何度もやる事に慣れてなくて、

このシンプルな反復練習を嫌がる傾向にあるようです。

 確かにわかりきっていることを何度もやることは退屈な気がします。

教師の中にも、これが軍隊方式みたいだとして嫌う人もあります。

しかし、勉強をピアノや、サッカーと同じように考えてください。一度きりの練習で、発表会や試合に出せるでしょうか?

答えは「ノー」ですよね。それなら、勉強も練習が必要だということになります。

それも、人並み以上の練習が。

反復を楽しむ。

 反復とは、全く同じ事を繰り返すことではありません。同じように見えて、実は微妙に違っています。

2回目より3回目と要領が良くなり、工夫することで、面白みがわかることがあります。

人からやらされている強制ばかりでは、同じ事を漫然と繰り返すだけで、本人にストレスがたまります。

ですから、この反復を楽しむ工夫こそ、希有の才能に努力が伴うことです。

 反復を繰り返させる側にある人は、ともすれば単純な繰り返しで退屈になるところを、

うまく飽きさせない工夫が必要になってきます。

たとえば、全く同じ問題を練習したとしても、かける時間が短くなることを具体的にストップウォッチで計ってみせるとか、

(そして、時間が短くなったら、褒めてあげる)1回目より2回目の方が、解き方に進歩が見られるという点を

認めるような工夫が必要だということになります。

 ゴルフのタイガーウッズの父が、子供のタイガーに、この反復練習を飽きるまで(飽きる一歩手前まで)やらせるコツを、

その「観察」に置いています。

「繰り返し練習するしか、うまくなる道はない」という持論を実践するためにです。

 

 

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